Le Doyenné
パリから南へ電車で1時間弱。ガレ・ド・リヨン駅から電車に揺られ、Bouray駅で下車。そこからタクシーで10分ほどの場所に、まるで物語の中のようなレストラン「Le Doyenné」は静かに佇んでいる。
このレストランを訪れることは、単なる“食事”という行為を超えた、五感の旅そのものだ。


歴史ある館を再構築した、美しい内装と時間のデザイン。
Le Doyennéは、19世紀の貴族の館をリノベーションした空間にある。
手がけたのは感性派建築デュオ Studio KO。
内装は古き良きフランスの風格を残しつつも、極限まで削ぎ落とされた美しさがある。白を基調とした石壁、重厚な木の梁、無駄を削ぎ落とした調度。
大きな窓からは庭と畑が望め、時間帯によって光の差し込み方が変わる。
どの瞬間も美しくまるで静止画のようだった。




レストランというよりも、農園付きのアトリエといった方がしっくりくると思った。




Le Doyennéが特別なのは、その土地との一体感にある。敷地内には広大な有機農園と果樹園が広がり、料理に使われる野菜やハーブはすべてここで育てられている。
日々畑に出て、今この瞬間が一番美しいというタイミングで収穫される食材たち。
それらは、シェフの手に渡った瞬間からアートへと昇華されていく。


Le Doyennéの料理は、一見するとシンプル。
しかしその一皿には時間・労力・気候との対話がすべて内包されている。
かすかに炙ったハーブの香りも皿に余韻を残す。
盛り付けは決して派手ではないが、構成とバランスが異常なほど精密。
その美意識は、料理というより風景画に近いように感じた。


シェフのShaun KellyとJames Henryは、かつてそれぞれパリやロンドンのスターシェフとして知られていたが、「もっと大地に近い場所で料理をしたい」との想いからこの地にたどり着いた。
彼らにとって料理は、農業の延長線上にある。
天候に左右される毎日、虫食いの葉も時には美しく、未完成さもまた自然の一部として受け入れる。それゆえ、料理は日々変化し、メニューは季節の呼吸そのものだ。








軽やかに火を入れた帆立に、花や香草、酸味の効いたソースが繊細にあしらわれていた。


十数種類の葉や花、根菜、発酵や燻製を施したミニマムな一口が円形に並べられた、美しいガーデンプレート。どこから手をつけるか迷うほどで、皿全体が1つの自然の風景を描いているような感覚に包まれた。


春の象徴とも言える白アスパラガスに、エルブの泡をまとわせた一皿は、見た目も味わいも凛としている。
火入れは完璧で、歯を入れるとほのかに甘く瑞々しさが溢れ出す。
添えられた香草の香りと泡の軽やかさが口の中でほどけ余韻を残す。


しっとりと火入れされた白身魚にグリーンの葉野菜をあしらい、ほんのり発酵の香りが漂う濃厚なソースを添えて。
淡白な魚に奥行きのある旨味と複雑さが重なり、シンプルながら心に残った。


鶏肉は、皮目は香ばしく内側はジューシー。
グリルされた葉野菜とともに、素材そのものの輪郭がクリアに伝わる仕上がりだった。


見た目には非常にシンプルだが、噛むごとに葉の持つ甘さや苦みや土の香りが立ち上がる。
ここだからこそできる“調理しない一品”ではないだろうか。


優しいデザートも美味しかった。




Le Doyennéは決してアクセスが良い場所ではない。
だがそれゆえに、ここには本物を求めて訪れる人だけが集まる。
喧騒を離れ、土地と時間、そして食と真剣に向き合いたい人にはぴったりの場所。
都市のスピードから距離を置くことで、見えてくるものが確かにある。
そんな感覚を求めて、私はまたここを訪れるだろう。


Information
Le Doyenné
5 Rue Saint-Antoine, 91770 Saint-Vrain, France
URL:https://ledoyennerestaurant.com/fr/home-2/