Le Sirenuse
ポジターノの斜面に寄り添うように建ち、ポジターノを象徴するホテル“Le Sirenuse”




セルサーレ家の海辺の別邸として生まれ、
戦後のアマルフィ海岸に洗練をもたらした名門は、今もポジターノそのものの美意識を体現している。
1940年代に小さな漁村だったこの地にラグジュアリーの文法を根づかせた存在として知られ、ホテルへ姿を変えてからもその核にあるのはきっと、家族のおもてなしの精神なのだろう。
ホテルの門をくぐると、白い壁とテラコッタの床がつくる清々しい余白と柑橘の香り漂うバルコニーが出迎えてくれた。






マジョリカタイルの床は光を柔らかく弾き、素焼きの壺や古陶、書物や絵画が呼吸するように置かれている。
作為を感じさせない配置が、高価な調度を超え、家の歴史が自然に表情を見せる舞台のように思えた。




ホテルにはかつての当主フランコ・セルサーレが一点ずつ選び抜いた素晴らしいアンティークやアートが。
単なる飾りではなく、家が積み重ねてきた記憶のレイヤーのような、その記憶を損なわずに時代の感覚を織り込むことで唯一無二の個性を磨き続けていた。








客室はそれぞれ置かれているものが一点物で、テラスに出れば教会のドームと海の青が視界の中心に座る。






青を基調とされていた。
さわやかな青のタイル、鮮やかなランプの青。
そして深い青のマグカップ。
どれをとっても海と空の延長の色を部屋に取り込みその境目をなくしたような、そんな印象が美しかった。






ベッドの上に置かれたカゴバックと3色のホテルブック。
色鉛筆と塗り絵のセットは大人の中に眠る子供心がワクワクし、私は青を手に取り穏やかな気持ちで色を塗った。
時間を丁寧に感じられる居心地の良い空間だった。






バスルームの大理石は高級感にあふれ、施されたLe Sirenuseのロゴ。
細かいこだわりこそが私たちが心をつかまれる1つの理由なのだろう。








そして真っ赤な外壁が言葉を失うほどに美しい。




プールサイドは、白いパラソルとタイル、そして鮮やかな赤い壁のコントラストが印象的で、手をふと止めて風の向きや光の温度の変化に耳を澄ましたくなる場所だった。




テラスで朝食を取り、昼はプールでうたた寝し、夕方はカクテルを片手に空と海の色の移ろいを眺める。
その単純な一日の連なりこそがこの宿の本質なのだろう。


ディナーはメインダイニング La Spondaにて。
夕刻から夜にかけて移り変わるポジターノの街並みは息をのむ美しさで、刻々と灯る光が幻想的な雰囲気を演出する。
食事中には伝統的なマンドリンとギターの生演奏が入り、それはまるで映画のワンシーンにいるような時間だった。
La Sponda は、ミシュラン一つ星を獲得しているレストラン。
地元の食材をふんだんに取り入れた地中海料理がベースのお料理と、
日没とともに室内にはキャンドル1600本以上が灯り、ガラスの反射までが景色の一部となるこの夜の空間は素晴らしく非日常でロマンティックだった。






前菜はトマトをベースにしたガスパチョ。
酸味と甘みのバランスが絶妙で、バジルやリコッタのアクセントが夏の爽やかさを引き立てる。


小イカを柔らかく仕上げた前菜。
香草とオリーブオイルのソースが地中海らしい風味を演出し、ワインとの相性も見事。


リガトーニのラグー。
濃厚なソースともちっとした食感のパスタが絡み、食べ応えがあり削りたてのチーズが余韻を長く残す。


メインディッシュの肉料理はマッシュポテトとほうれん草を添えたグリル。
ソースの甘みと酸味が絶妙で、夕暮れから夜景へと変わるタイミングに合わせて味わうメインは格別だった。


リモンチェッロとともにいただくデザート。
ベリーをのせたドルチェや小菓子が軽やかに締めくくり、ポジターノの夜景とともに心に残るフィナーレとなった。




モーニングにここを訪れた際はまるで森に迷い込んだ様な、清々しいこの空間に心が躍る。






これほどまでに素晴らしい朝は果たして他にあるのでしょうか?




Le Sirenuseが“ポジターノの象徴”と呼ばれる所以は、見目の華やかさだけではなかった。
セルサーレ家が時間と共に重ねてきた感性とおもてなしの姿勢が、建物や調度のすべてに染み込んでいた。
ここで過ごした時間は一生心に残り続けると共に、また必ず訪れることを自分自身と約束した。


ホテルから直結で降りられるビーチは均等に並べられたパラソルが気持ちよく、絵のように美しい。


街へのアクセスもすぐで、小さな街はゆっくりと回っても1時間程で回れる規模間で、時間に追われない感覚がこの街には根付いているように感じた。


ここで過ごした静かな瞬間は、言葉にできない余白を残してくれた。
その余白こそが旅が終わった後も心を潤し続けるのだろう。
いつかまた、
この赤い壁に映る景色に逢いにくる日まで。
Information
Le Sirenuse
Via Cristoforo Colombo, 30, 84017 Positano SA, Italy
+39 089 875066